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千葉地方裁判所 昭和45年(ワ)243号 判決

原告

田沼清子

被告

内山賢一

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し六六五、六八八円およびこれに対し、被告内山賢一は昭和四五年五月一八日から、被告小林重機興業株式会社は同年同月一六日から、支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

この判決の第一項は仮に執行できる。

事実

第一、申立て

(原告)

一、被告らは各自原告に対し一、三四二、二六〇円およびこれに対する訴状送達の翌日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

三、仮執行の宣言。

(被告ら)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求の原因

一、(事故の発生)

1  発生日時 昭和四三年五月二四日午後五時五〇分頃

2  発生地 千葉市長沼町二三六番地、国道一六号線と交差する市道出口付近路上

3  発生場所の状況 歩車道の区分なし、交差点、交通整理の信号機なし、市街地

4  事故区分 轢過

5  加害車両 事業用大型貨物自動車(千一せ三七一二号、六トン車、以下被告車という)

6  右運転者 被告内山賢一(以下被告内山という)。

7  被害者 原告、女性、昭和三六年八月一八日生(当時六歳で小学校一年在学中であつた)。

受傷の部位程度 右足底剥皮創、右脛骨々折により入院一一五日間(昭和四三年五月二四日から同年九月一五日まで)、通院実治療日数八七日間(治療期間同四三年九月一七日から同四五年四月一一日まで)を要し、患部の難治性潰瘍に関し再手術の必要があり、現在通院中。

8  事故の態様 加害車両が宮野木団地方面から北東に向け進行中見とおしの悪い前記場所において同道路を東から西に向け横断すべく左右の安全を確認するため同路上に踏み出した原告の右足部を轢過した。

二、(帰責事由)

1  被告内山は、被告車を所有しこれを自己のため運行の用に供していたものである。

2  被告小林重機興業株式会社(以下被告会社という)は、道路補修、重量物の積込運搬等の請負業を営み、被告内山を使用していたものであり、本件事故は、被告内山が被告会社の右業務遂行のため被告車を運転中に生じたものであり、被告会社は被告車の運行につき運行支配、運行利益を有していたものである。

3  よつて被告らはいずれも自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)三条により、本件事故によつて原告の蒙つた後記損害を賠償すべき責任がある。

三、(損害)

1  入院治療費等

イ 国立千葉病院(入、通院治療費) 二四七、八九〇円

(一一五日入院、同四三年九月一九日から同四五年一月二四日まで通院)

ロ かんの外科 九、一〇〇円

(同四五年一月二六日から現在まで通院している、同四五年五月三一日までの分を請求)

2  付添看護費

イ 本件事故当時原告の母ふみ子は肋膜炎後遺症のため付添看護は無理であつたので原告の父信雄が原告の一一五日の入院期間中付添看護につとめた。このため信雄は、自己の経営する電気部品加工業に従事できず、やむを得ず三人の臨時工(アルバイト)を使つて仕事を処理せざるを得ない結果となり、右三人に支払つた賃金(アルバイト料)のほか多大の損害を蒙つた。

ロ よつて信雄の付添看護料としては少くとも一日二、〇〇〇円として計二三〇、〇〇〇円が相当である。

3  入院雑費

原告は、一一五日の入院期間中、心身ともに成長途上にあるためその積極的な体力回復をはかるため牛乳その他栄養補給食を必要とし、その他諸雑費をふくめ少くとも一日三〇〇円計三四、五〇〇円以上の出費を余儀なくされた。

4  医師看護婦に対する謝礼

原告は、国立千葉病院退院時に、入院中世話になつた医師看護婦に対し謝礼として一〇、〇〇〇円相当の品物をおくつた。

5  売薬包帯等の購入費

原告は、国立千葉病院通院期間に医師の指示に基づき自宅治療をもあわせ行い、そのため一八、〇〇〇円相当の薬品、包帯、ガーゼ等の購入を余儀なくされた。

6  通院交通費等

原告は、国立千葉病院退院時(片道一回)およびその後の三三日の通院(往復であるから片道にすると六六回)に関し営業用自動車料金二四、一二〇円相当の損害を蒙つた。すなわち同病院から原告住所までの距離は六・七粁、昭和四三年五月二四日から同四五年四月一一日までの千葉市内の営業用自動車料金は二粁当り一二〇円、以後三六〇米毎に二〇円加算されることになつていたので片道少くとも三六〇円を要した。

120+{(6,700-2,000)÷360}×20≒380

360×67=24,120

7  補習授業費

原告は、本件事故により約四箇月学校を休んだほかに、通院のため早退を繰返した。その結果生じた学力の遅れを取り戻すため、昭和四四年一月から同年三月までの間家庭教師を依頼せざるを得なくなり、その結果補習授業料として二一、〇〇〇円の出費を余儀なくされた。

8  慰藉料

原告は、前記受傷のため国立千葉病院に一一五日入院し、引続き同四三年九月一九日から同四四年三月頃まで週二、三回、同四四年四月頃から同四五年一月二四日までは一箇月二、三回通院し、その間家庭治療をも併せ行い、同四五年一月二六日から現在まで神野外科に毎日通院治療に努めて来たが今日に至るも全治せず、右前腿部の皮膚を右足患部に移植し、右前大腿部および足底部に傷痕を残し、特に右足底患部は難治性潰瘍を形成し、今後再手術の必要に迫られている。現在も歩行障害、疼痛、疲れ易い等の後遺障害を残し、その上約四箇月間の休学に加え、通院のための早退の結果学力の低下をも招来するに至つた。

原告は現在千葉市あやめ台小学校四年に在学しているが、女性としての将来を考えると、その精神上の苦痛は甚だしいものである。

よつて原告の慰藉料は八〇〇、〇〇〇円が相当である。

9  弁護士費用

原告は被告らと話合いによる解決を望んでいたが、被告内山において第三者を代理人にたて原告に対し「三月に保険が切れるから早く示談して欲しい」「示談しなければお金はいらないのですね」等と執拗に示談を迫るのみで誠意ある態度を示さないので、原告においても本件紛争の解決を弁護士に委任するのが適当と考え原告代理人に本訴の提起と追行を委任し同四五年四月四日着手金として五〇、〇〇〇円を支払い、かつ成功報酬として一五〇、〇〇〇円を支払うことを約した。

四、損害の填補

原告は、

1  被告内山より現在までに二五二、三五〇円

2  自賠法による責任保険金二五七、六五〇円

の合計五一〇、〇〇〇円の支払いを受けた。

五、(結論)

よつて原告は、被告らに対し連帯して右三の1ないし9の損害金合計一、五九四、六一〇円から同四の五一〇、〇〇〇円を差し引いた一、〇八四、六一〇円(原告の昭和四六年四月九日付準備書面記載の一、四二一、七四〇円は誤記と認める)およびこれに対する訴状送達の翌日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、答弁

一、請求原因一のうち1、2、5、6の事実を認め、同一の4および同一の8のうち轢過の点を否認し(右前輪で原告の右足を前方にずり押したもので轢過ではない)、その余は不知。

二、同二の1のうち被告内山が被告車を所有していることを認める。

同二の2のうち被告会社が被告内山を使用していたことおよび本件事故が被告内山の被告会社の業務遂行中に生じたものであることを認めその余を否認する。

三、同三の1ないし7および9は不知。同三の8を争う。

四、同四の事実を認める。

第四、抗弁(被告ら)

一、被告内山は、被告会社の命令に基づき千葉市宮野木町から山砂を被告車に積載し千葉市坂月町へ運搬しようとしていた。

同僚の訴外高橋茂、同大町甲子司、同清水定男もそれぞれトラツクで運搬し、被告内山は四台連ねた最後尾を走つていた。

二、被告内山は本件事故現場に至る前に時速約四〇粁で幅員三・四米の市道を走行していたが、本件衝突地点の約四・八米手前で前車(訴外清水定男運転)との車間距離を保つために制動措置を施したとき右前方約四・九米付近に四、五人の子供を発見したので、その動静を注視しながら衝突地点の約三・一米手前の地点まで進行し右地点においては被告車は完全な徐行状態にあつたが、同地点において被告内山は原告が前記四、五人の子供のいたところから衝突地点に向かつて飛び出して来るのを発見し、直ちに急制動を施したが衝突してしまつたものである。

三、本件市道幅員は三・四米であり、被告車はその中央を走行していたため道路両側の空間は左右とも約一米しかなかつた。子供たちのいたところから衝突地点までの距離は僅か一・一米であつた。

四、原告は、他の子供たちが横断せずに被告車の通過を待つていたのに、被告車を確認せず飛び出した点に過失がある。

五、被告内山は、徐行しており、子供らの動静を十分注視しており原告の飛び出しを発見するや直ちに急制動しているのであつて過失はない。被告内山には事故回避は不可能であつた。

六、尚、前車と被告車の車間距離は約一〇米であつたので、その中間に人が横断することは全く予見し得ないことであり横断されたときにはそれとの衝突を回避することは不可能である。

七、被告車には構造の欠陥も機能の障害もなかつた。

第五、抗弁に対する原告の認否

一、被告らの免責の抗弁を争う。

二、被告内山には、次のとおりの過失があつた。

1  本件市道の東南側(被告車の進行方向右側)にはブロツク塀があり、衝突地点付近は被告車と原告とは互いに見とおしの悪い場所であつた。

2  本件市道を走行する自動車運転者としては、このような場合には、前方左右に注意し、特に見とおしの悪い右側道路から本件市道を横断して来る歩行者があるかも知れないことを予期し、警音器を吹鳴し、最徐行もしくは一時停止をし、左右道路の安全を確かめた上進行すべき注意義務があつた。

3  原告は、右注意義務を怠り時速約四〇粁の速度で漫然進行した過失がある。

第六、証拠〔略〕

理由

一、(事故の発生)

請求原因一のうち1、2、5、6の事実は、当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によると、同一の3のうち、本件事故の現場が歩車道の区分のない市道上で五差路交差点の直近であること、市街地であること、横断歩道もなくそのための信号機もないことが認められるけれども、交差点上であることは認められない。

同一の4の事故区分が轢過であることを認めるに足る証拠はない。

〔証拠略〕によると、同一の7の事実を、そのうち通院実治療日数を九〇日、同四五年四月一一日までを同四五年五月三一日までと訂正の上、認めることができ、右認定に反する証拠はない(右甲三、四号証に生年月日が同三六年八月一六日と記載されているが、本件記録添付の戸籍謄本によると右は同年同月一八日の誤記と認められる)。

〔証拠略〕によると、同一の8については、被告車が、宮野木団地方面から北東に向けて本件市道を進行中、見とおしの悪い事故現場において、同市道を東から西に向け横断しようとした原告の右足部を右車輪でずり押したものであることが認められる。

二、(帰責事由)

1  請求原因二の1のうち被告内山が被告車を所有していた事実は、当事者間に争いがない。

2  同二の2のうち被告会社が被告内山を使用していたこと、および本件事故が被告内山の被告会社の業務遂行中に生じたものであることは、当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によると、被告内山は被告車を持ち込みで被告会社に雇傭され、被告会社の重量物運搬の仕事について被告会社から一々指示命令を受け、これに従つて被告車を運行していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右認定の事実および前記の当事者間に争いのない事実によると、被告会社は被告内山を指揮して被告車の運行を支配し、運行による利益を得、両被告ともこれを自己のため運行の用に供していたものと認められる。

三、被告らの免責の抗弁は理由がない。

〔証拠略〕によると次の事実が認められる。

被告内山は、本件市道(幅員約三・四米)を時速約四〇粁で進行し、衝突地点の約四・八米手前で、前車との車間距離を保つため一旦軽くブレーキを踏んで減速した。同被告はそのとき前方右側約四・九米の地点に三、四人の子供達がいるのを発見したが、その子供達が被告車の通過を待つているようであつたので、そのまま徐行した。

被告車が衝突地点の約三・一米手前に来たとき、被告内山は前記の子供達のいた場所から、原告が出て来たのを発見したが、まさか本件市道を横断しないものと軽信し、軽くブレーキを踏んだのみできちつとブレーキをふまずに進んだところ、原告が更に出て来たので初めて衝突の危険を感じあわてて急制動を施したけれども間に合わず、被告車右前輪を原告の右足左側部に接触させたまま約〇・五米前方にずり押してから停止した。最初に原告の出て来たのを発見したところから衝突地点に向つて一米行つたところから衝突地点の〇・五米先まで長さ二・六米の被告車のスリツプ痕が残つていた。

以上の事実を認めることができ、被告内山の供述中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

車両などは、交差点直近で横断歩道の設けられていない場所で、歩行者が道路を横断しているときは、その歩行者の通行を妨げてはならない(道路交通法三八条の二)ものであり、被告内山の供述の一部によると被告内山は、原告が出て来たのを最初に発見したときにきちつと急制動を施こしていたならば本件事故を回避できたことが窺われるのに、これを怠り原告の通行を妨げるような方法で原告の前を通過してしまおうとした点に過失があるということができる。

従つて被告らの免責の抗弁は、この点において理由がなく、採用できない。

四、(過失相殺)

右三において認定した事実によると、原告においても進行して来る被告車に注意を払わず横断した過失がある。前認定のとおり原告は当時満七歳で小学校一年生であつたのであるから、日頃学校や家庭において交通の危険について訓戒を受けていることが推認され、(田沼信雄の供述によると原告の父からは現場近くの国道を横断するときは気をつけるようにと注意されていたことが認められる)自動車の通る道路を横断するときは左右の安全を確認すべきであることにつき十分弁識していたものと考えられる。

被告車の大きさ、本件市道の幅員その他本件にあらわれた一切の事情を勘案すると、原告の過失割合は二割と認めるのが相当である。

五、(損害)

1  入院治療費等(請求どおり二五六、九九〇円)

〔証拠略〕によると、入院治療費等として国立千葉病院に二四七、八九〇円、神野外科に一三、九五〇円(請求はこのうち九、一〇〇円)を支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  付添看護費

〔証拠略〕によると、請求原因三の2のイの事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実および前認定の原告の年令、傷害の程度からすれば原告の父の付添看護が必要であつたものと考えられ、その損害としては一日二、〇〇〇円、合計二三〇、〇〇〇円を相当と認める。

3  入院雑費

入院期間中一日三〇〇円、合計三四、五〇〇円の雑費が必要であつたことは田沼信雄の供述を待つまでもなく経験則上これを認めることができる。

4  医師看護婦への謝礼

田沼信雄の供述によると、請求原因三の4の事実を認めることができ、反証はない。原告の入院中世話になつた医師と看護婦に対し計一〇、〇〇〇円相当の品を贈つたことは社会的に相当の範囲であり、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。

5  売薬包帯等の購入費(一八、〇〇〇円)

〔証拠略〕によると、請求原因三の5の事実を認めることができ、反証はない。

6  通院交通費(二四、一二〇円)

田沼信雄の供述およびこれによつて成立を認めることのできる甲一六、一七号証によると、請求原因三の6の事実を認めることができ、反証はない。

7  補習授業費(二一、〇〇〇円)

〔証拠略〕によると、請求原因三の7の事実を認めることができ、反証はない。

(過失相殺)

以上1ないし7の損害は、合計五九四、六一〇円であるが、前記の過失割合により過失相殺をすると、原告の被告らから支払いを受くべきものは、四七五、六八八円となる。

8  慰藉料

〔証拠略〕によると、原告は、右大腿皮膚弁切除後ケロイド、右下腿、足部外傷後傷痕およびケロイドを残しておりこれまですでに四回形成手術をしさらに今後五回に分けて形成手術をする必要があるが、もとどおりに回復するか否かは不明であることおよび現在なお運動後の疼痛、疲れ易いなどの障害を残していることが認められ、反証はない。

右認定の事実およびこれまで認定して来た原告の過失をふくむ諸事情事実その他本件にあらわれた一切の事情を斟酌すると、本件事故によつて原告の蒙つた精神的苦痛を慰藉するものとしては六四〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

9(損害の填補、五一〇、〇〇〇円)

請求原因四の事実は、当事者間に争いがない。

従つて右1ないし7の損害を過失相殺した四七五、六八八円と、8の六四〇、〇〇〇円の合計一、一一五、六八八円からこれを差し引くと、残は六〇五、六八八円となる。

10  弁護士費用

以上のとおり原告は被告ら(連帯)に対し六〇五、六八八円の損害賠償請求権があるところ、証拠略によると、被告らはこれを任意に支払おうとしなかつたことが認められ、本件訴訟の難易、右請求認容額その他本件にあらわれた一切の事情を考慮し、弁護士費用として六〇、〇〇〇円は本件事故と相当因果関係のある原告の損害と認める。

六、(結論)

以上の理由により、本訴請求は、そのうち原告が被告ら各自に対して六六五、六八八円およびこれに対し、被告内山は同被告に対して本件訴状副本が送達された日の翌日であること記録上明らかな同四五年五月一八日から、被告会社は同様同年同月一六日から、それぞれ支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める部分は正当と認められるからこの限度でこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 木村輝武)

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